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復興レポート

特集
商店街のココロ粋「加賀の井酒造」
2018/04/11

 創業は江戸時代より350余年続く蔵元、加賀の井酒造。歴史ある酒蔵を含め敷地内は大火でほぼ焼失してしまいましたが、2018年3月に念願の酒蔵が再建。復興の旗頭として先頭に立ってきた兄の小林大祐さんと、支えてきた弟の久洋さんからお話をお伺いしました。


大火直後の想い

加賀の井酒造株式会社 第十八代蔵元 小林 大祐さん

加賀の井酒造株式会社 第十八代蔵元 小林 大祐さん

 大火が発生したのは、糸魚川に戻ってきた久洋さんが加賀の井酒造の従業員に挨拶をする、その日の出来事でした。現場に立ち入ることが許されたとき、目にしたのはすべてが焼けてしまった酒蔵の跡。しかし二人は当時から「やめるという選択肢は僕らの中ではなかった」と言います。大祐さんは「ここで諦めるのは簡単なので、酒造りを続けていくためにどうしたらいいのかをその日から考え始めました」と、失意の中でも前を向いていました。
 江戸時代には加賀藩の糸魚川本陣として、町年寄を担うなどまちの中枢でもあった加賀の井酒造。幾度の大火を乗り越え、続けてきた家業を「許されるなら『あの場所で』というのが第一でした」と大祐さん。もっとも強い思い入れがあったのは、井戸の存在でした。「同じ場所で368年酒造りを続けてきて、水だけは井戸から湧いているものを今までずっと使ってきたという歴史があるので」と久洋さんが語るように、米と水が原料の日本酒にとって、水を変えることは味の変化に直結します。土地由来のものを変えないように、とのこだわりが再出発への想いを確固たるものにしました。


酒蔵再建の歩み

加賀の井酒造株式会社 製造部蔵人 小林 久洋さん

加賀の井酒造株式会社 製造部蔵人 小林 久洋さん

 日本酒は寒い時期にしかつくれないため、なんとか翌シーズンからつくり始めたいと急ピッチで進められた酒蔵の再建計画。そこには三つの条件がありました。一つ目は予算的なこともあり、ある程度費用が抑えられること。二つ目は食の安心安全が保てること、三つ目は以前同様に酒蔵見学をできるようにすること。それらを叶えるべく声をかけたのが、上川大雪酒造の酒蔵を設計した建築士の大島有美さん(アトリエオンド一級建築士事務所)。上川大雪酒造は、三重県にあった酒造会社を北海道に移転新設したという珍しい酒蔵で、内部では効率的な作業導線や見学用のルートがしっかり整備されており、酒蔵づくりの参考になる構造だったそうです。新しい蔵について大祐さんは、「加賀の井さんにしかないことってありますか?って言われても正直なにもないぐらい、基本に忠実な酒蔵になっています」と話します。
 大火翌月の1月20日から、久洋さんは酒造りのいろはを学びに岩手県へ。「ツテのあった酒蔵で修行をしながら、東日本大震災で津波の被害に遭った酒蔵にも見学に行き、被災した蔵をゼロから作り上げる過程を聞いてきました」。大島さんに設計の知恵を借りながら、久洋さんら製造現場の意見も参考に、一番現実的なプランを選んで進められた酒蔵再建。様々な方面から学んだことが、今の蔵には活かされています。


兄弟の二人三脚

 歴史ある加賀の井酒造の看板を背負い、ここまで兄弟で支え合ってきた二人。大祐さんは「久洋がいてくれたっていうのは大きかったなと思います」と照れくさそうな表情で話し、「1人だったらどうしていたかは、現実的にわからない部分でもあるので想像できないですけど、でも少なからず二人だから『またやろう』と思えたのは確かです」。久洋さんは、「兄には5年くらい前から『帰ってきてほしい』って言われていて、ずっと首を横に振っていたんですけど(笑)」としながらも、将来的には戻ってくることを考えていたと言います。しかし「ようやく気持ちが固まって、サラリーマンとして働いていた前職を12月末付で退職することになったので、有給消化中の15日に糸魚川に戻ってきたんです。その後に大火という感じで。12月には子どもも生まれていたので、本当に波乱の1か月でしたね…」と当時については苦笑い。
 酒蔵の再建計画から稼働までが大祐さんの大仕事であり、これからは酒造りを担当する久洋さんへとようやくバトンが渡されます。酒造りにかける兄弟にとって、酒蔵再建はゴールではなく、ようやく1年4か月前に追いついたというスタート地点でした。


恩返しの酒造り

 被災後に実感したのは、周りの方のあたたかさ。「市内外から、また面識のない方からも『頑張ってね、応援しているよ』と声を掛けてもらえて。本当に励みになりました」と、久洋さんは振り返ります。酒造りが再開できるかわからない中、作付けをしてくれた酒米農家の方。「待っているよ」と言葉をくれた取引先のお客さん。大火後も出展し続けた「にいがた酒の陣」で、寄せ書きや直接メッセージをくれたファンの方々。美味しいお酒をつくることが恩返しにつながる、と二人の想いはひとつでした。
 これまで糸魚川でつくった酒を出荷できない状況が続いていましたが、もう少しで加賀の井酒造の日本酒が全国へ届けられます。新しく二階建てになった酒蔵は、場所が同じだけで以前の蔵とはまったくの別物。これから、蔵ごとに微妙に違いのある“蔵癖”を見極めて、徹底した温度・数値管理のもと酒造りが始動します。蔵人である久洋さんは「浪漫がなくなることを言うようですが、お酒って科学なんですよ。少しの変化も見逃さないよう、数値だけじゃなく感覚を掴んで、本当に美味しいお酒をつくって皆さんにお届けできるように頑張ります」とこれからの意気込みを語っていました。大祐さんも「やっと自分たちがこの場所でお酒をつくっていけるので、1年4か月の想いを込めてしっかりやっていきたいと思います」と話し、「出来上がったお酒に愛着をもってもらいたい」そう顔を見合わせた二人の表情は、とても晴れやかでした。


記憶を風化させない

消失を免れた蔵は大火の記憶を後世に伝えるため保存されている

消失を免れた蔵は大火の記憶を後世に伝えるため保存されている

 大火から1年が過ぎ、県外に出ると意外な反応が待っていたといいます。「昨年末に県外のイベントに出展したのですが、火事あったっけ?くらいの感じでした。うちの商品は覚えているんですけど、なぜ商品が供給されていないのかが連動していなくて衝撃でした」と大祐さん。当時は全国的に報道されたものの、県内メディアが被災地域を追い続ける新潟県とは違い、県外では少しずつ大火の記憶が薄れ、温度差が生まれています。出荷する商品に着目してもらうことで糸魚川にも目を向けてもらえるよう、「被災地域からのメッセージを商品に込めることができるのは、メーカーとしての強みですから」と力強く語ります。
 こだわった酒蔵見学についても「酒造りの工程は一般の人が想像がつかない部分だと思うんです。もっと身近に感じてもらいたいですし、こういうところでつくっているんだっていうのが広まれば、お客さんが糸魚川に来てくれるかもしれない」と久洋さんは話します。糸魚川では初の「蔵開き」イベントも視野に入れているとのことで、加賀の井酒造の今後の活動に期待が高まります。


完成した酒蔵の看板の前で笑顔の二人

完成した酒蔵の看板の前で笑顔の二人

Information

3月より酒造り稼働中!

新しくなった酒蔵では、酒造りの様子を大きなガラス窓越しから伺うことができます。説明する担当者が付いていなくても気軽に立ち寄ってもらえるよう、案内人代わりに、工程の解説が書かれた「案内看板」が掲げられています。

加賀の井酒造株式会社
新潟県糸魚川市大町2-3-5 TEL.025-552-0047

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